どうも、7回目のブログリレーのバトンが回ってきた映画好きのH.Tです。
今回は最近ハマっているディープな我が趣味の世界に皆さんをお連れしようかと思います。
日本には古くから〝詫び寂び〟の美意識や〝引き算の美学〟という言葉があるように、無駄を削ぎ落とす事に価値を見出す傾向があります。
最小限の素材での表現、意図的に生かした余白、を良しとされ〝何もない〟からこそ、そこに想像の幅が広がり鑑賞者を刺激します。
油彩画やフランス料理など多くの工程や要素を加える〝足し算〟の欧米の文化とは異なった、日本独自での精神論からなる文化といえます。
その〝引き算文化〟の代表格といえば「俳句」や「短歌」の文学表現でしょう。
たった17音か31音かの音数の制約の中で一編の詩を紡いでしまう凄さ。
俳句に至っては世界最小の定型詩として世界中にもその魅力が広まっています。
テレビ番組「プレバト!!」で夏井いつき先生に芸能人が査定される面白さも相まって俳句ブームは再燃しつつあります。
しかしこれからご紹介するのは、俳句や短歌よりも更に更に追求されたミニマムな二つの文学表現の世界。
それは『自由律俳句』と『書き出し小説』です。
自由律俳句
自由律俳句とは、名前の通りに俳句の五・七・五の定型や季語などを取っ払ってしまい、自由なリズムから情景を切り取る文章表現です。
基本的には句として扱われるので「、」や「。」などの句読点は含まないのがルール。
過去には尾崎放哉や種田山頭火などの人物によって広められ、近年では現代的な解釈によりアレンジされて世間にも静かなブームを呼んでいます。
そんな自由律俳句のバイブルと名高い2冊の本が、コラムニストのせきしろさんと芸人の又吉直樹さんの共著として出版されています。
右:カキフライが無いなら来なかった (幻冬舎文庫)
左:まさかジープで来るとは (幻冬舎文庫)
本のタイトルが、ズバリそのまま自由律俳句になっています。
・カキフライが無いなら来なかった
・まさかジープで来るとは
その人はカキフライを物凄く欲していたのでしょう。その人はジープで来なければならない理由があったのでしょう。
この二句となる短い文章は〝情景の想像を膨らませる切っ掛け〟だけを与えてくれます。
このような感じで俳句や短歌の五七五の調べに沿わない句なので少し馴染みにくいかもしれませんが、これこそが自由律俳句の世界です。
では更に深入りすべく、この2冊に載っている句の中から代表的な自由律俳句をいくつかピックアップしてみます。
・風呂桶の中で膝ばかり見る
・ごま油に賭けてみないか
・父親が食べる部分
・下巻しかない
・お待たせと近づいてきた
・店長に期待されている者にろくな奴はいない
普段は見つめることなどない膝小僧への着眼点、ごま油を入れてみた料理は吉と出るか凶と出るか、まだ子どもには早すぎる味なのか嫌いな食べ物を父親として食べてあげるのか、上巻だけ売れたまま放置している本屋で上巻から読みたいのに棚に無くて肩を落とす客、そこまで待ってはいないと出迎える友人の微妙な表情、偉い人にだけ好かれようと都合のいい顔をする同僚の裏の性格、
極力ムダを排除してたった十数音にも満たない一文だからこそ「あるある」や「しみじみ」などの記憶や感情が刺激されて様々なイメージが掻き立てられます。
この俳人と読み手の共犯関係で成り立つ面白さ。ハマる人には堪らなくハマってしまうことでしょう。
もう一度言いますが、これが自由律俳句の世界です。
ちなみにせきしろさんは雑誌の公募ガイドの連載企画としてコンテスト形式で自由律俳句を募集しています。
興味を持って投稿したくなった方はこちらから → せきしろの自由律俳句
書き出し小説
書き出し小説とは、名前の通りにオリジナルの小説の書き出し文だけで作品を成立させるという、自由律俳句よりも更に自由な文章表現です。
小説の書き出しという体裁なので「、」や「。」も含んでOKで、ましてや台詞や単語だけでも構いません。
このフォーマットを発明した人は漫画家の天久聖一さん。
天久さん自ら選者を務め、投稿された書き出し小説の中から定期的にサイト上で秀作が発表される書き出し小説大賞は、現在180回まで続く人気企画です。
サイト内での採用作品を厳選した傑作ばかりを集めた単行本として、現在で2冊の本が出版されています。
右:書き出し小説(新潮社 単行本)
左:挫折を経て、猫は丸くなった。書き出し小説名作集(新潮社 単行本)
写真左側の2冊目の本のタイトルが、ズバリそのまま書き出し小説となっています。
・挫折を経て、猫は丸くなった。
猫背と名が付くくらい丸まった背中以上に性格まで丸くなった猫の半生は、一体どんな苦難を乗り越えたのでしょうか。
この書き出しだけの文章は〝物語の続きを想像させる切っ掛け〟を与えてくれます。
自由律俳句よりも文学的にストーリーが語られているので少しは趣向が掴みやすいかもしれませんが、これこそが書き出し小説の世界です。
では更に深入りすべく、この2冊に載っている作品の中から代表的な書き出し小説をいくつかピックアップしてみます。
・財布を拾った私の前に、天使と悪魔と落とし主が現れた。
・魂の質量は存在する。それは屁の半分だ。バイトに行きたくない。
・またこの教室で桜が見れる事を嬉しく思う。
・ロボットが人間に初めてついた嘘は「似合っていますよ」だった。
・競歩でしか味わえない達成感がある。
・ガンジーが生涯でただ一人、殴った男の話をしよう。
頭の中で繰り広げられる善悪の議論に現実問題がプラスされた場合の結論は如何に、ただのサボりたい言い訳を賢そうな屁理屈でごまかす野郎とは、留年が決まって切ない嘆きを漏らす学生の今後の進路、持ち主へ忖度し始めたロボットと暮らすSF、マラソンやウォーキングとは格別なる競歩ならではの境地とは、平和を重んじるガンジーを激怒させた人物は一体何をしでかしたのか、
冒頭のみで後の展開がどうなるかは無責任に丸投げされた分だけ「キャラ」や「バックグラウンド」など、ありもしない小説に関してのイメージが膨らんでしまいます。
この作者と読者の共犯関係で成り立つ面白さ。ハマる人には堪らなくハマってしまうことでしょう。
もう一度言いますが、これが書き出し小説の世界です。
ちなみに書き出し小説の秀作は隔週の日曜日にデイリーポータルZという記事サイト内にて発表されます。
興味を持って投稿したくなった方はこちらから → デイリーポータルZ:バックナンバー
たかが短文、されど短文、これっぽちの短い文章で無限に拡がる想像力。
面白さにハマった自分は読み手だけでいられずに趣味として創作も始めてしまいました。
では最後に自分も僭越ながら一句だけ詠んでみて、このブログを終えたいと思います。
・脱稿は長めのマウスクリック
以上です。お粗末様でした。